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時をかける飛行機



<実際にあった旅客機消失事件>

 小説やドラマで、突如として旅客機が消息を絶ち、何年か後に戻ってくるという話を読んだり見たりした人もいるだろうが、実はそのような事件が実際に起こっていたと言ったら、あなたは信じるだろうか? これから話す二つの事例は、実際に飛行機が消え、そして帰還したという話である。残念ながら“無事”とつけることはできないが。

<消失した旅客機の無言の帰還>

 1954年9月4日、西ドイツ(当時)のアーヘン空港から一機の旅客機が飛び立った。それはサンチアゴ航空513便で、機種はロッキード・スーパーコンステレーション。目的地はブラジルのポルトアレグレ。乗員・乗客92名であった。ところが大西洋を飛行中に、突如として消息を絶ってしまった。懸命の捜索にも関わらず、一片の残骸すら発見されず、搭乗者は全員死亡と判断されるのにそう時間はかからなかった。
 それから35年もの月日が流れ、そのような悲惨な事故があったことも忘れ去られようとしていた。1989年10月12日、ポルトアレグレ上空に、一機の旅客機が現れた。機種はロッキード・スーパー・コンステレーション。スケジュールにはない旅客機が、管制塔の許可も取らずに着陸態勢に入っている。慌てふためく職員を嘲笑うかのように、その旅客機は静かに滑走路に滑り込んだ。
 もしかしたらハイジャックでも起きたのだろうか、と作業員達は緊張の面持ちで近づいたが、旅客機は沈黙したまま誰かが降りてくる気配もない。いぶかしみながらも機内に入った作業員達はその光景を見て凍りついた。機内の乗員・乗客は一人残らず物言わぬ骸骨と化していたのだ。しかもその後フライト・レコーダーなどを調査した結果、これが紛れもなくこれがあの大西洋上で消息を絶ったサンチアゴ航空513便であることが判明した。
 彼らは35年もの間、いったいどこにいたのであろうか。また乗員・乗客はいったいどの時点で死んだのか。その死因は何だったのか。そしてパイロットのいないこの旅客機が、何のトラブルもなく着陸できたのは何故なのだろう。この謎を解く鍵であるフライト・レコーダーの詳細については明らかになっていない。死してなお、彼らはこの世界に帰りたかったのだろうか。自分達の身に起こった悲劇を伝えるために。

<乗員の消えた双発機>

 1990年1月のことである。フィリピンのミンダナオ島の山中で一機の飛行機が見つかった。それは調査によって1941年1月にマニラからミンダナオ島へ向かう途中で消息を絶った双発機であることが分かった。それ自体はたいして珍しいことではない。この辺りでは、こうした二次大戦中の飛行機の残骸が発見されることは、よくあることであった。
 だがこの双発機が他と異なっていたのはその状態である。50年近く前の物であり、そうとう風雨にもさらされたはずなのだが、機体自体も計器類も新品同様といってもいいほどで、壊れている様子もなく、また燃料なども十分に残っていた。まるで発見される直前にそこに現れたかのように、きれいな状態だったのである。
 また機内の様子も変わっていた。吸殻や空の紙コップ、読みかけの新聞が残っていたが、そこにはパイロットの姿がない。より正確に言えば、他の物はついさっきまで人がそこいたことを示しているにも関わらず、パイロットの姿だけがないのである。もちろんその年月を考えれば死んでいた可能性が高いが、その死体はどこにもなかった。
 パイロットは脱出したのだろうか? だがそれを示すような証拠はどこにもない。50年近くの年月をかけ、ようやく帰還したこの双発機は、その主人を時空の彼方に置き忘れてきてしまったのだろうか。


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